会社・業種・職種と仕事内容について
日本では、大学を卒業し、法科大学院に進学・卒業し、司法試験に合格すると、弁護士・裁判官・検察官のいずれかになることができます。
その中から弁護士を選びますと、多くの場合、(1)弁護士事務所に就職する、(2)独立して自分の事務所を立ち上げる、(3)企業内弁護士(インハウスローヤー)として企業に就職する、というパターンがあります。
その中でも、(1)の弁護士事務所にはいろいろなジャンルがあります。専門分野や規模も様々で、ボス弁護士と二人きりの事務所もあれば、500人超の事務所まであります。
「大手法律事務所」と呼ぶための正式な定義はありませんが、15829事務所中、弁護士が50人を超える事務所は18事務所しかありません(2016年の弁護士白書)。そこで、弁護士50人を超える事務所を「大手法律事務所」と呼ぶことにします。
私の就職した法律事務所は、弁護士50人前後の、いわゆる「渉外法律事務所」と呼ばれる、日本国内の案件だけではなく、海外の企業から依頼された案件も受注する事務所でした。
一年目の弁護士は、「アソシエイト」と呼ばれます。これに対するのが「パートナー」と呼ばれる役職で、要するに共同経営者のことです。パートナーは、自分に付いた顧客を持ち、自分でいくら費用を請求するかを考え、得た売り上げの一部を事務所に渡します。各パートナーの入れた売り上げを合算したものから、事務所の家賃やアソシエイトへの給料等の経費が賄われます。そのため、事務所に費用を入れているパートナーは、人事権や事務所の方針などの経営会議にも出席し、意見を発することができる立場になります。他方でアソシエイトはまだ自分の顧客がついていないので、最初のうちは、パートナーが受注した仕事を手伝い仕事を覚えていき、ゆくゆくはパートナーになる(出世する)、というキャリアプランを辿ることになります。
仕事内容は、事務所によっても様々ですし、事務所内の個々人によっても様々です。私は、一年目から訴訟を担当する機会が多かったので、訴訟に必要な書面を準備するために、法的なリサーチをすることが多かったです。法的なリサーチとは、文献や判例を読み漁り、担当する案件に近い事例についてどのような結果になりそうか調べることです。それを踏まえて、訴訟戦略をどうしていくか練るのです。
他には、契約書のチェックや、企業の合併の手伝い、クライアントの顧客からのクレーム対応、など、そのとき企業が困っていることに瞬時に対処するのが仕事です。
仕事内容 - 1日について
上記のように、その時に担当している案件によって、またその日が裁判の期日かどうかによって、など、日によってまちまちではありますが、最も典型的なケースとして、以下で挙げさせていただきます。
10:00 出勤、メールチェック
10:30 法的リサーチ、内部メモ、訴訟関係書類の作成など
12:00 昼食休憩
13:00 法的リサーチ、内部メモ、訴訟関係書類の作成などの続き
16:00 クライアントとの打ち合わせ
18:00 クライアントとの打ち合わせを経て、内部でのミーティング
19:00 夕食休憩
20:00 内部ミーティングで発生したTo Doリスト、進行スケジュールの作成
21:00 発生したリサーチの開始、リサーチメモの作成
02:00 帰宅
年収やキャリアデザイン・働き方・初任給
初任給で、額面で年収1,100万円です。
月手取りで50万ちょっとと、年に2回のボーナスを合わせて1000万くらいになるイメージです。事務所によって異なりますが、うちはボーナスの比率が大きかったです。ボーナスは、数年間は特に個人で差は出ませんでした。その後も、毎年年収として50万前後上がっていきました。ただ、弁護士の人数が増えたので、私の後輩からは少しずつ減ったりもしました。
他方で、働き方は2のスケジュール表どおり、ハードなものでした。出社時間は午前10時と、通常の企業に比べて遅い方ではありました。しかし、この時間は、基本的に、何時まで仕事をしても守る、というものでした。なので、夜2時3時くらいまで程度の残業でしたら、10時に来なければなりませんでした。10時から打ち合わせを入れる場合もありますし、午前中からミーティングをしたがるパートナーもいたからです。また、裁判の期日なんかも午前中から入ることも結構ありました。
深夜帰りになると、もちろん終電はないのでタクシーで帰ります。うちの事務所ではタクシー代は全て出ていました。これが良くない原因かもしれませんが、タクシー代を自腹で払う必要がないので、あまり急ぐ危機感もなくなり、かえってゆっくり仕事をしてしまうというのが人の性であったように思います。
また、自分の都合で帰れる日が多いわけでもないので、日中は暇なのに、夜の会議以降忙しくなる、ということもありました。そのため、昼ご飯や夜ご飯はコンビニで買ってさっとすませるのではなく、外で食べることも多かったです。家にはいませんが、息抜きの時間自体は多少ありました(と言っても、絶対的に仕事の時間は多いですが)。
肝心の土日も、イメージ的には毎週どちらかは出勤するか、自宅で仕事をする、という感じでした。家でも事務所のパソコンにつなぐことができるので、自宅で仕事をし、遊ぶときは遊ぶ、という働き方をしている人も多かったように思いますが、土日に会議があることもしばしばで、そういう時ばかりは出社しないわけにはいきませんでした。
キャリアプランですが、上でも少し述べましたとおり、アソシエイトからパートナーになる、というのが一つの王道の出世コースであり、かつ、同じ事務所に残るとしたら、これしか道はありません。
他には、事務所を移籍してそこで活躍するか、といったところですが、ここでも結局パートナーになるかどうか、という話になります。
ただし、パートナーになったからキャリアが終わりか、というとそういう話ではなく、単にパートナーといっても、稼ぎはバラバラです。要するに、自分が良い案件を継続的にとれるようになるかが弁護士にとって重要なので、この点は社内の出世競争に勝つというだけの一般企業とは大きく異なる点かと思います。
また、キャリア形成という意味では、官庁の諮問委員会などに名を連ねる弁護士になったり、たくさんの著書を出版してみたり、弁護士会の会長選挙に出てみたり、と本当にいろいろな方面へのキャリアプランがあります。弁護士の本懐は金稼ぎではなく困った人を助ける点にあると考える人と、金稼ぎを中心に考える人では、どのようなキャリアがより良いキャリアか、という点が異なってくるでしょう。
業界展望(先行き)や新しい試みなど
弁護士業界の展望は、暗いという記事を多く目にします。ただ、大手の渉外法律事務所であれば、そう簡単に潰れることはないでしょう。というのは、基本的には、そういう事務所に就職できる弁護士は、司法試験を合格した人の中でも、優秀な人が多く、自然と仕事もできる人が多いのです。暗いニュースは、どこの事務所でも雇ってもらえず一年目から独立をせざるを得なかった人などの話が中心です。このため、弁護士内の格差が騒がれているのです。
渉外事務所の緊急の課題は、なんといっても日本市場が縮小している以上、海外クライアントを多く掴むことに尽きます。日本市場だけで仕事をしようとしても今後大きな成長は見込めません。そうなると、やはり英語もできる弁護士の存在が重要になります。
外国の大手事務所が日本に支店を設けている場合もあり、その競争は簡単ではありません。日本語ネイティブというメリットを活かしつつ、海外のクライアントも掴んでいかないと、先行きが心配であるということは言えるでしょう。
競合について
競合となるのは、もちろん同様の企業法務、渉外業務を行う、同規模ないしはより大きい規模の法律事務所です。企業側も、顧問弁護士を雇っていたとしても、事案によってはほかの事務所に頼むことは往々にしてあります。
そういったとき、一つの事務所にだけ相談するのではなく、複数の事務所から意見を聴くなどしてどれにするのか、ビューティーコンテストと言われる、いわゆるコンペのようなことも行われています。これにより、如実に勝敗が決まるわけですので、各事務所が熱心になるのも当然です。
ただ、弁護士事務所の競争で難しいのは、その時点で結果を出せることを説明するのが難しいことです。もちろん、請求する費用の高低や、事務所の備える図書室や判例検索システム・使える弁護士数などのインフラ面でのアピールも重要ですが、やはりそこに依頼しなければならない理由があるかどうかが一番重要です。例えば、他の事務所では思いつかない解決方法を提示してくれるかどうか、他の事務所では負ける訴訟を勝たせてくれるか、などです。
しかし、例えば訴訟などは、クライアントのためにあまり甘いことばかり言っても、実際に負けてしまったらどうにもならないところもありますので、ネガティブな面も説明しつつ、しかしうちに任せればこの困難は超えられる、ということを、序盤のビューティーコンテストの段階である程度示さなければならないのです。
まとめ
以上のとおり、大手法律事務所のアソシエイト弁護士の生活は、肉体的にも精神的にも非常にハードなものです。だからこそ給料が良いのですが、ワークライフバランスという観点から、これが幸せなのかどうか分からなくなることもあります。
ただ、一生続けていくかどうかは別として、若い時期に、これ以上できないのでは、と思うくらい精いっぱい働くことは、意味のあることであると考えています。自分はあれだけできた、という成功体験を持っておけば、この先、ハードルが立ちはだかったときにも、きっと乗り越えることができます。
また、ある意味、誰にでもなれる職業ではありません。それは、弁護士が、という意味ではなく、大手法律事務所で働くことが、という意味です。司法試験というふるいにかけられた人間でさえ、何人も内定がもらえずに落とされるのです。そういった数々の壁を乗り越えて就けた仕事であるからこそ得られる特別な満足感もあります。
このようなタイプの仕事であるからこそ、万人に勧められるものではありませんが、自分の限界に挑戦したい人、社会的評価の高い仕事に就きたい人、などにはお勧めできる仕事と言えます。